窓から冷たい光を投げかける、大きな蒼白い月。
 螺旋状にうねる石造りの階段を昇り終えると、無機質に行く手を阻んでいる厳めしい鉄扉。
「失礼します、エレナお嬢様。クリスティです」
 彼女の本職−− いや、本性からは考えられないくらいの、礼儀正しさ。彼女は今、他人に仕える
“仕事”をしている。
 扉の内側からの反応は、ない。
 クリスもそこまで真っ当な侍従ではないので、無反応を更に無視して、冷たい扉を開けた。
「お食事を持ってまいりました」
 持っていたトレイをテーブルへ置き−− 一瞬、バランスが崩れた。
 澄んだ音と、銀のフォークが石の床に転がる。
 勝気に整った眉と唇が、何かを耐える形を作り、ひと息喉の奥に飲んで−− 異変を隠すよう、そろり
と吐くわざとらしいとも思える程整った呼気。
クリスの様子に、エレナが初めて視線だけを動かした。まるで置物、月の差掛ける白い光を背中に浴び
て、柔らかく微笑む。
「…珍しいわね」
 淑やかに出窓の縁に腰をかけ、白いガウンとそこから伸びた細い手足−− 月の光に溶け込んでしまい
そうだ。
「…−− し…失礼致しました…」
 クリスは慌てて、しかしぎこちなく銀器を拾い上げ、「すぐに替えを持って参ります」と、エレナの
微笑にどこか怯えて先程入ってきた扉へと踵を返した。
 視線は、あくまでも合わせぬままで。
「あら、フォークは無くても良くってよ」
 鷹揚に制止するエレナの声、クリスの背中がびくりと震えた。
 彼女が歌を忘れたカナリアでない事を、クリスは良く知っていた。
 反ダグラス派に古城の塔の一室に幽閉されてはいるものの、エレナはその状況さえ逆手に取って楽し
んでいる。
 これが生まれの違いという物だろうか。
 −− しかし、彼女の幽閉生活の楽しみ方は外見から想像できる程大人しいものではなかった。
「貴女が、食べさせてくれるんでしょう?」
 上品な微笑みのうちに隠された、弱者をいたぶる残酷な色。
 クリスの背を、悪寒とは違う何かが駆け抜けた。
「私、お腹が空いてしまったわ。ねえ、クリス?」
 窓際から質素なテーブルセットに居場所を変えると、長い手足を組み換替えた。
ガウンが危ういほど零れて柔らかな白磁の太腿が覗き見える。