【ディシ学SS】教師、奮闘する【その2】



「アル。あれはいつまで続くのか」
「さぁ」

保健医ミシアと家庭科教師赤雲の決闘の為に校庭へと連れ出された生物教師アルと国語教師青雲。
しかしいつまで経っても終わらない言い合いに時計を見ながら溜め息ばかり。

「いい加減ご自分の浅はかさを認めたらいかがですか爬虫類っ!!」
「お前こそ自分の低能さを弁えろ痴女っ!!」

お腹一杯に食べたはずの昼食もすっかり消化され、立ち会いを依頼された二人の被害者の腹はまたも適度な空腹を訴えていた。

「もう午後の授業も終わりの時間ですし、いよいよ放課後に突入しようと言うのに…全くミシアも赤雲も元気が有り余るにも程がありますね」
「全くだ。わしはまだやらねばならない事が山のように残っているというのに」
「あら私の雲。まだ小テストの採点が終わらないのですか?」
「いや。再来週に予定している古典の小テストの問題を作ってしまおうと思うておるのだ。それに…………………アルとの時間も作らねばならんだろう?」
「あら。私の雲、そんなに私とあんなことやこんなことがしたいのですか?」
「そ、それだけとは言うておらんっ!!一緒に食事をしたり、ただ隣に座って…こう…指を絡めたり肩に頭を乗せたり相手の呼吸を感じたり…」
「相変わらずのロマンチストですね私の雲。でも、そういうところが私は好きですよ?」
「………」

目の前で壮絶な言い争いが繰り広げられる中、アルにそっと抱き寄せられた青雲は無言で赤くなる。もはや立ち会いなどどうでもいいのか、ふわりと微笑む生物教師は目の前の恋人に“二人など放っておいてサッサと仕事を片付けに行きましょう”的な目線を向けた。
勿論青雲も首を横に振ることはせずあっさりそれに応える。

「ミシア、私達職員室に戻りますからね」
「赤いの。あまり勢いを付けすぎて保健医に酷い事を言うでないぞ。また泣かれてオロオロするのは自分だからな」

聞いていないとわかってはいるが、言い争うそれぞれの双子の妹と姉にそう告げてアルと青雲は土煙の舞い上がる校庭をあとにした。

「ぜぇ…ぜぇ…こ、この万年発情教師っ…!!」
「ハァ…ハァ…だ、黙れ淫乱保健医っ…!!」
「わ…私は淫乱ではありません失礼なっ!!」
「はっ。淫乱でなくて何だと言うんだ。放課後の保健室で何回わしに抱かれた?自宅の玄関を潜った途端、わしにねだってきたのはどこの淫乱教師だ?え?」
「あ、あれは酔っていたんです!!決して素面ではっ…!!!!!!それに、保健室で我慢出来ずに襲い掛かってくるのは貴女でしょう??!!!!やはり万年発情教師ですね貴女はっ!!!!!!」
「お前がそんな胸元の開いた白衣に太もも丸出しのミニスカートなど履きおるから悪いっ!!!!!!欲情するなと言う方が無理だっ!!!!!」
「威張らないで下さい」

広い広い校庭の真ん中。ようやく言い争いに一区切りついたのか、ミシアと赤雲は呼吸を整えてお互いを睨み付けた。

「大体お前のその服装。教師にあるまじき格好だぞ」
「あら。常に寝癖つけ放題な貴女に言われる筋合いはございません」
「これは寝癖ではない。こういう髪型だ」
「随分な無造作ヘアですこと。ついでに頭の中身も無造作なのでしょう?」
「黙れヒステリー女め。お前こそキィキィきゃーきゃー猿のように騒ぐのはやめろ」
「猿ですって??!!!!私が猿っ??!!!!サルっ??!!!!!!!!!!」
「あーわかったわかった。大目に見て類人猿くらいにしておいてやるわ」
「大目に見てませんっ!!!!!!全然大目に見てませんっ!!!!!!貴女類人猿と付き合っている事になりますよっ??!!!!いいのですかっ??!!!!ねぇいいのですかそれでっ??!!!!」
「…………………良くない」
「そうでしょうともっ!!!!!!だって貴女、私を類人猿呼ばわりしたあかつきには“類人猿と寝た家庭科教師”だの“類人猿を孕ませた爬虫類”だのというレッテルを貼られるのですよっ??!!!!」
「何だその“類人猿を孕ませた爬虫類”というのは。わしは爬虫類ではないわ。………とにかく、良く見れば類人猿より少しはましな顔をしておるしな。類人猿呼ばわりはやめてやろう」
「少しは?少しはってどの辺りが“少し”なんですか?え?」
「あーもうっ!!!!!!言い過ぎたっ!!!!!!お前は類人猿などと呼べんくらいキレイで美人で官能的だ馬鹿者っ!!!!!!」
「知ってます。そういう貴女こそ、爬虫類などと呼ぶのもおこがましいくらい端正で優雅で扇情的です」

何やら返ってきた褒め言葉に、赤雲もミシアも互いに目線を逸らして空など見たりする。

「………………仲直り、してやってもいいぞ」
「………………貴女がどうしてもと言うなら」
「…すまなかった」
「…こちらこそ」

何だかアッサリ仲直りを果たした赤雲とミシアだが、ふと“立ち会い者”がいないのに気付いて眉を寄せた。

「いませんね。アルと青雲」
「おらんな。どうせそこらへんで致してるに決まっておるわ」
「そこらへんで致さないで下さい。ここは学校ですよ」
「わしに言うな。言うならお前の姉に言え」
「アルは貴女のように学校で恋人に襲い掛かるなどという野蛮な行為は致しません」
「野蛮で悪かったな」
「別に嫌いな訳ではないですが」
「………好き者だな」
「悪かったですね」
「別に嫌いな訳ではない」
「………好き者ですね」
「お互い様だ」

何だかんだでラブラブな家庭科教師と保健医は、とりあえず喧嘩も一段落したので職員室に戻る事にした。

 

 

 

 

 

 

「待たせてしまって済まないな」
「いいえ。気にする事などなりませんよ私の雲」

身内の喧嘩をほったらかして早いうちに職員室へと帰ってきていたアルと青雲だったが、青雲がようやくまとまった古典の問題をテスト用紙の原紙に書き写そうとした瞬間、何故かわからないがラブラブなムードになって戻ってきた赤雲とミシアに雰囲気的に邪魔された挙げ句、立ち会いを途中で放棄した事にいちゃもんをつけられ何だかんだしているうちにとっぷり日が暮れてしまった。

「もうこれで終わりだ。邪魔が入ったとはいえ、こんな時間まで付き合わせるつもりはなかった。すまん」
「気にするなと言ったでしょう?私と貴女の仲ですから、これくらい何ともありませんよ」
「そうか。そう言ってもらえると助かる」
「ただ、ちょっとした“気持ち”を頂けると嬉しいのですが」
「……キモチ?」
「そう。付き合わせて悪いと思っているなら、その“気持ち”を態度で示して下さらないと」
「やはり付き合わされて迷惑だったか?」
「ですから、そう言う事ではなくて………あぁもう。私の雲、貴女は肝心なところで鈍くていけません。私が言いたいのはこういう事です」

何が何だかわからないといった顔で眉を寄せている青雲の顎を人差し指で持ち上げると、アルは一つ間を空けてチュ。と悪戯っぽく口付ける。
すると青雲は椅子ごとガラガラガラッ!!!!!!!!!!と床を滑りながら遥か遠くに辿り着くと、激しくまばたきしながら何度も自分の唇を触ってアルを見返した。

「あら。やはりいけませんでしたか?学校でキスなどしては。貴女は真面目で古くさい考えのひとですから、規則を破る行動はお嫌でしょう?」
「………いや、少々驚いただけだ。アルの取る行動を、わしは否定したりはせん。ましてや拒絶もせん。ただ一つ加えるなら……………心の準備くらいはさせろ」
「わかりました。貴女がそれを望むなら、私はいつまでも…貴女の心の準備が整うまで待ちましょう。待つことも楽しみですからね」
「………お前の余裕が羨ましい限りだな」

そう言いつつガラガラと椅子を引きながら傍へと戻ってきた青雲に、アルは言われた傍から心の準備をさせずに抱き着いたものだから二人して床に倒れ、その挙げ句にようやく作り上げた山のような問題用紙を派手に床へとぶちまけて何だか一気に熱が覚めた二人。
散らばった問題用紙を拾い集める二人の背中が今日一番疲れたオーラを発しているのを、もう高くに昇って落ち着いた真ん丸の月だけが哀れむように眺めているのだった。

 

 

 

続く……