一枚のディスクが、三島財閥の所有する研究所の倉庫に眠っている。
何年か前に行われた「永久機関(コールドスリープ)」実験記録のボックスに収めら
れたそのディスクには実験体の女性達の、実験数時間前の様子が記録されている。
一人はヨーロッパ中を震撼させた暗殺者、ニーナ・ウィリアムズ。一人はその妹、
アンナ・ウィリアムズ。
 ニーナ・ウィリアムズは、暗殺依頼を遂行するために三島財閥に侵入したが失
敗、半ば無理矢理成功率の低いコールドスリープの実験体にされた。アンナは姉
を追いかけて三島財閥に現れ姉と話をした後、自らも実験体となる事を申し出た。
 アンナは、鉄拳衆との戦闘で怪我を負った姉の治療をした。はじめ、二人の会
話は淡々とした、しかし口の悪い姉妹喧嘩だったが、ニーナの「私のことは忘れ
なさい。したかったんでしょう?普通の暮らしが」という言葉に、アンナが激昂。
 ニーナの頬を張り飛ばし、「もう私は後戻りなんか出来ないのよ!どうして今
更そんな事を言うの?もう手遅れなのよ!」と叫び、涙を堪えていた。「もっと
早くその言葉を言ってくれてたら、私は…!」妹の血を吐くような叫びを、
ニーナはただ黙って聞いていた。この二人の間に、どんな事があったのか。
当時、このディスクを見た研究所の職員達は、眠り続ける二人を横目に様々な想
像をめぐらせたと言う。その刹那、妹が見せた憎悪は狂気すら孕んでいた。

 心に吹き荒れた一瞬の嵐をやり過ごした後、アンナは散らばった救急道具を片
付けると、部屋を後にした。
 その時、二人はこんな会話を交わしている。

 

 「月下美人って知ってる?植え付けて8年しないと花が咲かないんですって」
 「それが何か?」
 「それね、男から貰ったの。持ってきたのよ、ここに。ここで育ててもらおう
と思って」
 「……」
 「姉さん、私も眠るわ」
 「…?」
 「だって姉さんが目覚めた時に、私だけババアなのって、ずるいじゃない。
姉さんだって、起きて最初に見るのがしわくちゃの妹なんて、嫌でしょう?」
 「お前…」
 「じゃ、後でね」

 アンナはドアの前で立ち止まると、姉に背を向けたまま言った。
「…目が覚めたら、その花を」

 

 その数時間後に、姉妹は揃って眠りについた。保証の無い危険な眠りに。
 そして姉の眠りは破られる。凶悪な意志を持った巨大な存在に。強い者の魂を
狩り取るために。自我を無くした人形として、彼女は目を覚ました。
 自我は戻っても、記憶は戻らなかった。妹の顔すら覚えてはいない。
 約束は果たされなかった。花は咲いたが、それを見たのはアンナ一人だった。
そして、アンナはその花を瓶詰めにしてニーナに贈った。ニーナの中にいる、
もう一人のニーナに見せるためたっだかもしれない。今となっては、どちらでも
いい事かもしれない。

 

 久しぶりに家のドアを開けると、妹が眠っていた。床に体を投げ出して、どう
いうわけか瓶詰めの花を抱きしめたままで。
 自分は妹を起こさないようにベッドに近付き、毛布を引き剥がすと妹にかけた。
妹は微笑んでいた。その微笑みが向いているのは自分ではないだろう。それでもいい。
自分は生きるだけだ…!

 そして自分はドアを閉めた。おやすみ、と呟きながら。

 


-END-