【SS】雲、魔女と改魔女を間違える【後編】



「魔女ー。何処へ行ったー」

怒って何処かへ行ってしまった魔女を探し、雲はフヨフヨと宙を泳ぎながら辺りを見渡した。すると遥か向こうに見慣れた“角”を見つけ、雲は慌ててその“角”へと泳ぎ寄る。

「魔女」
「………」
「おい魔女」
「………」

いくら呼び掛けても返事がない。しかも全く雲を見ることなく歩き続ける魔女。
しかしここでやめるわけにもいかない雲は、グルリと魔女の正面に回り込んでその歩みを止めた。

「聞いているのか魔女」
「耳が付いているのですから聞きたくなくても聞こえます」
「ならば早く返事をしろ。いいか魔女?先刻の間違い、あれは単なる冗談で…」
「言い訳をしにきたのですか?はっ。見苦しい」
「い、言い訳ではない!!わしは真実を述べているだけだっ」
「真実?嫌ですね雲。貴女の言う真実とは“アルが青き雲に奪われたから仕方なく代替え品である私を抱いていた”という事ではないのですか?」

魔女の視線がチラリと雲を掠めてまた逸れる。
この上なく誤解されている雲は、何だか無性に悔しくて魔女の肩を力強く掴んだ。

「魔女、いくらなんでも怒るぞ」
「怒りたければどうぞ。無にでもなんでも還しなさい。私とて黙って怒られるつもりはありませんが」
「魔女。わしがあんな陰湿地味魔女を好いているなどと本気で思っているのか?」
「本気で思おうが冗談で思おうが、それが事実でしょう?」

肩を掴む雲の手を払いながら、魔女はフンとそっぽ向いて再び歩を進めんと足を踏み込む。
しかし雲もここは引くわけにいかないと、両手両足両蛇を広げて魔女の行く手を阻んで見せた。

「はっ。馬鹿げた話を…わしはあんな女全く以てタイプではないぞ。むしろ向こうから地面に額を擦り付けるほど土下座をされようと付き合いたくない」
「どうだか。貴女は性欲さえ満たせれば誰でもいいのでしょう?困った爬虫類ですこと」
「誰が爬虫類だ誰が。失礼な女め、わしを生殖マシンか何かと思うておるのか?わしとて好かん女と致したところで勃つものも勃たんわ」
「勃つ勃たないで判断する事自体がおかしいと言うのです。大体貴女、無の事と致す事以外何か考えているのですか?口を開けば“無だ無だ無だ”。その次にくるのは致す事ばかり。そんな事だからアルにアッパラパーだと言われるのです」
「言われた覚えがないが」
「とにかく。貴女のような万年発情期で年季の入りすぎた嗄れ爬虫類、こちらから願い下げです」
「誰が万年発情期で年季の入りすぎた嗄れ爬虫類だっ!!お前こそ年甲斐もなく全身タトゥーの角女め!!それは水牛かっ?!!それとも闘牛かっ?!!!!!」
「何をっ??!!!!!!こ、この私に水牛だの闘牛だのと無礼なっ!!!!!!!!貴女こそ夢遊病持ちのアルツハイマーなくせにっ!!!!!!!」
「たわけっ!!!!!!わしがいつボケたっ!!!!!!!お前こそヒステリーで奇々怪々なとんでも魔女のくせしおって!!!!!!!」
「キィイッ!!!!!!言いましたねっ???!!!!!!!貴女など時空の一部で人知れず朽ちてしまえばいいのですっ!!!!!!!」
「お前こそ時の狭間に沈んでろっ!!!!!!!」

ゼーハーゼーハー…

いつの間にか白熱してしまった二人が肩で息をしながらジロリと睨み合う。
しかしふと絡み合った視線に意識が持っていかれると、雲は赤面して目を逸らし魔女は眉を寄せてそっぽ向いた。

「………今のは撤回してやる………時の狭間に沈まれては困るからな」
「聞こえませんが」
「時の狭間に沈まれては困ると言ったんだこのツンボッ!!!!!」
「誰がツンボですか!!!!!私とて貴女に人知れず朽ちられては困るのです!!!!!!」
「……………」
「……………」
「…………ほう」
「聞かなかった事にしてください」
「無理だ。心に深く刻み込んだ。もう忘れん」
「……そうですか」

何だか少し悔しそうな魔女を見やり雲はフワリとその傍らに移動すると、右の蛇を魔女の腰に巻き付けて思い切り引き寄せた。
ここは一応攻めらしく。キスの一発や二発かましてやらねば。

そう意気込んだ結果。

「痛っ!!」
「ぐはっ」

歯がぶつかった。

「貴女というひとは…本っっっ当に駄目なひとですね。救いようがありません」
「お前が抵抗するかと思って気張り過ぎただけだっ!!」
「私のせいですか?!!!!自分の失敗を私に押し付けるのですかっ!!!!!!!何て卑怯なっ!!!!!!」
「えぇい煩い小娘がっ!!!!!!少し黙っておれっ!!!!!!!」

今度こそその煩い口を塞いでやると、雲はそのまま魔女の体を持ち上げて空高く舞い上がる。

「………一体何の真似です、雲」
「黙れと言っただろう。少しくらい黙ってわしの抱擁を受けんか」
「……………」

イマイチ納得いかないような顔をしながらも、魔女は空の上で絡み付くように抱きついてきた雲を引き剥がそうとはしなかった。

面倒だからではなく、少し、ほんのちょっと居心地が良かったから。

 

 

 

 

 

 

 

「見て下さい雲。ミシアと赤き雲、あんなところでイチャイチャと」
「おぉ。ヘタレにしてはやりおるわ」

雲と魔女が地上に見物客がいる事に気付いたのはそれから数分後だった。