【ディシ学SS】教師、奮闘する【その1】



ざわざわと騒がしい昼休み。サボりの生徒や仮病の生徒を手荒く保健室から締め出して、保健医ミシアは少し遅めの昼食を取るべく学食へと向かった。

「ミシア、こっちよ」
「アル」

ミシアの双子の姉である生物教師アルが、学食に入ってきた妹を見つけてパタパタと手を振っている。
ミシアはとりあえず目で返事をしながら適当に選んだA定食を注文すると、出てきた皿を盆に乗せてそちらへ向かった。

「早いですねアル。今日の授業は何だったのですか?」
「フナの解剖です」
「……………アルが今食べているものは?」
「B定食。白身魚のムニエルです」
「フナの解剖の後によくまぁ同じ魚類を食せますね」
「あら。慣れですよ慣れ。何回フナの解剖をしていると思っているのですか。いちいち気にしていたら食べるものがなくなります」

サラリと言ってのけるアルに眉を寄せながら、ミシアは自分の食事がB定食でなくて良かったと心底思う。ちなみにA定食はクリームシチューだった。

「…アル、貴女の雲は一緒ではないのですか?」
「あぁ、もうすぐ来ると思いますよ?小テストの出来があまりに悪くて生徒に波動砲を撃ちまくっていたのをさっき見ましたから、きっと後片付けでもしているのでしょう」
「自分で片付けるくらいなら波動砲など撃たなければいいものを」
「まぁ勢い余ってしまったのでしょう。いつもの事です」
「いつもの事なんですか」

アルと交際中の国語教師、暗闇の雲。割と古くさい思考の持ち主で、言葉遣いもさることながらやることなすこと昭和の匂いがプンプンする。いつも青系の服を着てくる事から青先生とか何とか呼ばれているらしいが、そんな妙な呼び方をされるのには実は理由がある。
この暗闇の雲。同じ名前の人物がもう一人いるのだ。

「おい保健医」
「あら家政婦」

アルと会話をしていたミシアの背後から声を掛けてきた人物。その人こそがもう一人の暗闇の雲。そして青雲の双子の姉で通称赤先生と呼ばれる家庭科教師である。

「誰が家政婦だ」
「貴女です。何ですかそのチューリップのアップリケがついた薄ピンクのエプロンと花柄の三角巾は。年甲斐もなく可愛らしい格好ですこと、ホホホホホホ」
「無表情で笑うな気色悪い。仕方あるまい。調理実習だったのだからエプロンと三角巾くらいつけるわ」
「つけるつけないは重要ではありません。私が気になるのはその滑稽なアップリケと頭の暖かそうな花柄です」
「失礼な。その口、ここに縫い針と糸があったら縫い付けてやるところだ」
「私とてこの場に精神安定剤があったなら、すぐにでも頭のイカれた家庭科教師殿にお注射して差し上げますけど」
「ふぁふぁふぁふぁ」
「ホホホホホホ」
『黙れクソババァ』

二人して笑いあったあと一瞬にして素の顔へと戻り吐き捨てる。
最悪に仲が悪いように見えるが、一応交際中の保健医と家庭科教師であった。

「相変わらず仲がいいですねミシア」
「どこをどう見たらこんな嗄れ爬虫類と仲良しこよしに見えるのですか」
「同感だ。わしとこんな水牛保健医が仲良しこよしなはずなかろう。お前の目は腐っておるのか?というより頭の中身はご健在か?」
「失礼ですよ二人共」

ニッコリ笑いながらも食べかけの白身魚にフォークをグサッッ!!!!!!!と突き刺すアルに、ミシアも赤雲も同じ方に目線を逸らして何事も無かったかのように鼻歌を歌う。
するとそのタイミングでアルの背後に誰かが立った。

「すまんアル。遅くなった」
「あら私の雲。お片付けは終わったの?」
「………やはり見られていたか。まぁいい。教室は片付けてきた。わしも昼食をとるとする」

もう既に盆を手にしていた青雲は、迷うことなくアルの隣に座って控え目に手を合わせると早速食事を始める。
盆の上には大きめのサラダボール。その中にはかち盛りの野菜とマッシュポテト(にんじん味)。

「………相変わらずベジタリアンなんですね青雲」
「ん?あぁ…別に肉が嫌いと言う訳ではないが、さほど運動もせんしな。余計な栄養をとったところで吸収せんなら意味がない。まぁ、そこの落ち着きの欠片もない家庭科教師はいくら食べても足りないくらいだろうが?」

ミシアの言葉に頷きながらそう返すと、チラリと赤雲を見やってすぐ目を逸らした。
それが気に入らなかったのか、赤雲が青雲の胸ぐらに掴み掛かろうと上体を曲げた途端。

「痛っ!!!!!!!!」
「あらごめんあそばせ?」

ミシアの“角”が赤雲の顔面に直撃した。
どうもまだ赤雲は角との距離感が掴めないらしい。

「き、貴様っ…わざとだな…っ?」
「貴女こそわざと当たりにきたのではないですか?質の悪い当たり屋みたいで不愉快です」
「質のいい当たり屋などおらんだろうが。それより不愉快なのはわしの方だ。謝れ水牛保健医」
「誰が生きた化石みたいな家庭科教師に頭など下げますか。寝言は寝てお言いなさいな。あぁ、それとも目を開けたまま寝てらっしゃるのかしら?ホラお起きなさい。朝ですよ」

バシバシ。

赤雲の顔を見もしないで無遠慮にその頭を叩きながら、ミシアは優雅にクリームシチューを口に運んで舌鼓をうつ。
そんなミシアの手を忌々しげに払いながらもちゃっかり隣に座って弁当箱など開け出す赤雲に、斜め前に座っているアルがここぞとばかりに口を開いた。

「あら、ミシアお手製の愛妻弁当?」
『まさか』

またも赤雲とミシアがハモった事で黙々とサラダを食べていた青雲も小さく吹き出し目を逸らす。

「このアンテナ保健医が料理など出来る訳があるまい。お前も姉なら知っているだろう。こやつが使ったフライパンが何故か砂鉄の如く粉々になっていたり、本に書かれたレシピの通りにやっていたはずなのにオーブンが大爆発を起こしたり。そんな歩く核兵器の作った弁当などこちらから願い下げだ」
「誰が歩く核兵器ですって?貴女こそ平熱より少し高い熱が出ただけでヒーヒー言って泣きついてくるくせに。大体ちょっと食欲が減退したぐらいでいちいち“わしは死ぬのか?!死ぬのかっ?!!”とか大袈裟に聞いてこないで下さい。あれは単なる寝不足です」
「余計な事をこやつらの前で暴露するな」
「それはこちらの台詞です。ご自分の口でも縫い付けておいたらいかが?」

ピキピキピキ。

両者共目線は常に前方のアルと青雲に向かっているが、隣り合った二人の肩からは何やら黒いオーラがジリジリと互いの肩を炙っていた。

「とにかくこれはわしが自分で作った。ここの学食の献立はどうにも腹に溜まらん」
「だから重箱なのですね」
「何だ生物教師。そんな目で見てもやらんぞ」
「いりません」

呆れたような顔で返ってきたアルの言葉にも反応せず、赤雲は早速重箱の一番上を目にも止まらぬ早さで平らげ二段目に突入する。ちなみにこれは五重箱である。

「もう少し落ち着いて食べられんのかお前は」
「何だ青いの。お前も欲しいのか?双子のよしみでそぼろの一欠片くらいはくれてやるぞ?」
「いらんわケチ臭い」

青雲が眉を寄せて首を振ると、またもそれに反応することなく二段目を完食。
いざ三段目に箸をつけようとしたとき、不意に隣から伸びてきた手に赤雲は動きを止めた。

「全く貴女という人は。口の周りくらいちゃんと拭いて下さい汚ならしい」

そう言ってナプキンで赤雲の口元を拭いてやるミシア。そんなミシアの姿に今まで偉そうな態度を取りまくっていた赤雲の顔が一気に赤く染まる。

「ば、馬鹿者っ!!何をするっ、こっ…こっ…この物干し竿めっ!!!!」
「何ですって」
「ガフッ??!!!!!!!」

口元を拭いていたミシアの手がナプキンごと赤雲の口に突入すると、般若の如き形相のまま反対の手の爪で赤雲の額にあるハートマークをプスプスと突き刺した。

「誰が物干し竿ですか。え?そんなにたくさん洗濯物は干せませんよ」
「ミシア。つっこむところはそこではない気が」

アルの言葉に「え?」と聞き返すミシアの手を口から抜き出し、ゲホゲホと噎せ返る赤雲がその肩を鷲掴みにして引きつった笑顔を向ける。

「わしの口に手を突っ込むとは…随分な真似をしおるな。自転車のハンドル保健医め」
「あらどういたしまして。褒めて下さるなんて光栄ですね、年中静電気教師」
「褒めてなどおらぬわこの色ボケ保健医。とうとう言語能力が停止したか?」
「まぁっ!!それはそちらでしょうっ?!現世に蘇った古代生物のくせにっ!!」
「何だとっ?!化石に埋もれた金魚のフンに言われたくないわっ!!」
「キィイッ!!表へ出なさいキチガイ家庭科教師っ!!その顔をダーツ板にしてハートマークを注射器で射抜いて差し上げましょうっ!!」
「のぞむところだトンデモ保健医っ!!お前の角で校庭の地ならしをしてやるわっ!!」

バチバチバチッ!!!!!!!

睨み合う二人といつの間にか周りを囲っていた生徒達を尻目に、アルと青雲は遠い目をしながら午後の授業の行方を案じていた。いや、確実に中止だろうが。

「アルっ!!立ち会いをお願いしますっ!!」
「私ですか?」
「卑怯だぞつっかえ棒保健医!!そやつはお前の姉だろうっ!!確実に贔屓するではないかっ!!立ち会いは青いのにやらせるっ!!」
「わしもお前より保健医を贔屓するが?」
「待てコラ」

バッサリ切り捨てられた赤雲が何やかんや騒いで抗議を申し立てたものの結局ミシアに「黙れ鬱陶しい」と一刀両断され、渋々赤雲はアルの立ち会いを了承してミシアとのケリをつける事になった。

 

 

 

続く…