誰のため、何のために貴女は殺すのだろう。
もう誰も殺す理由など無い。貴女は自由なのに。もう誰の物でもないのに。
なのに、どうして表情もなく人を狩り続けるの?ねぇ、どうして?
どうして私と一緒にはいられないと、告げたの?貴女は何を考えているの?
記憶が無くても、昔の貴女じゃなくても、いい。心からそう思っている。
なのにどうして私を遠ざけるの?私を憐れむような目で見つめるの?


 貴女にとって私は何?もう戻れないの?憎んで、愛したあの頃に。
貴女はあの約束も覚えていなかった。あの日交わした約束。あの花に誓った。
花は咲いて貴女も私も戻ってきた。でも全てが変わってしまった。


 貴女は私を憎んでいるの?嘲笑っているの?私には貴女が見えない。


 ねえ、貴女は、姉さんなの?

 

 ある日、彼女が不思議なものを持ってきた。
広口の瓶には、液体が満たされている。その底に沈められた、白い一輪の花。
 彼女は何もない棚の上にそれを置いて、言った。
 今年はお互い忙しくて、一緒に見られなかったでしょう?来年もその次も
そうかもしれない。けどこうして酒につけておけば、この花は腐ることも無く
咲き続けるの。好きな時にここへ来て、見る事ができるの。
 ねえ、姉さん。素敵でしょう?
彼女はウィンクをして見せた。やり切れない思いが募った。一緒に見ようと
いう約束一つ、自分は覚えていないのだから。


 「姉さん」と呼ばれること。「蘇ったサイレント・アサシン」と呼ばれること。
その二つが、自分をこの世界に存在させている。他には何も無い。
そしてその二つですら、借り物だ。自分が積み上げたものではない。自分は
ただ、それらを憑依させて実行している人形にすぎない。
 サイレント・アサシン。血に飢えた殺し屋。今そう呼ばれることに抵抗は無い。
自分は目覚めた時から、「あれ」の意志に沿って狩り続けて来たのだから。
「あれ」の再生の為に捧げる、哀れな格闘家達の魂を。

「あれ」の意志を外れた時、自我が芽生えた。自分はもう一度生まれた。
 そんな自分に彼女は笑いかけた。そして手を差し伸べた。
魂を狩る操り人形の自分に、もう一つの居場所を与えた。それが嬉しかった。

 何もかもここから始まる。真っ白な自分に、自分で色を染めていこう。
何も覚えていないのなら、また積み上げれば言い。
 そんな自分の決意を、彼女は打ち砕いた。「姉さん」と呼ぶことで、自分を
「ニーナ・ウィリアムズ」にした。全てが閉ざされ、自分は人殺しになった。

 どうして殺すの?彼女はそう思っている。せっかく自由を手に入れたのに、
どうしてまた元の場所に戻るの?彼女は気付いていないのだろう。

 人を殺め、自らの運命に妹を縛り付けるのが「ニーナ・ウィリアムズ」であり、
そうではない女など「姉さん」ではないと、その目が語っている事に。

 その道を決めたのは彼女だ。自分の未来も何もかも彼女のいいように操られる。
結局自分は常に何かの、誰かの人形でしかないと言う事か?
 この人を殺める術も、記憶と共に消えてしまえば良かったのに!

 

 姉さんが最近会ってくれない。私を避けている。
というか、私を憎んでいるような感じ。何か、したかしら?それに、どんどん
危ない仕事を請け負う様になった。危険だからやめた方がいいと言っても、
聞きやしない。まあ元々そういう人だったけれど。
 姉さんがどんどん離れていってしまう。昔からいつも私は追い掛ける役だった。
憧れの姉さん。私しか知らない、姉さんの側面。人殺しが背負う重荷が、いつも
姉さんを苛んでいた。そんな姉さんに必要とされる事が、嬉しかった。
 どんな姉さんでも、私はいい。姉さんは姉さんじゃない?例えどうなっても、
姉さんは、姉さん。そう決めて迎えに行ったのに。手を差し伸べたのに。
 こうして、姉さんの部屋で待ってるのに。
 棚の上で、あの花が咲いている。ふとその瓶を手に取る。夜の闇の中で白く、
ゆらゆら。ああ、この花は、夜にしか咲かなかったんだっけ。
 まだ見ぬ一晩しか咲かない儚い花に、私達は誓ったんだっけ。

 

 「…目が覚めたら、その花を一緒に見ましょう。二人だけで」
 「生きてたらね」