『ANONYMOUS』
「最近、奥様のご様子が少々おかしいの」
そうリーベル・雪代がカヒリエ・武藤に呟いたのは、先月の定例報告の時だった。彼女たちが所属するのは、沙那コーポレーション社長室秘書課。他にも課員は大勢いるが、雨蘭と蒼羅の身の安全を守るように命じられたのは二人だけである。ひと月に一度、リーベルとカヒリエは沙那本社に赴き、自分たちの仕事内容を報告する。ネット全盛の当世に現地報告とはアナログ極まりないけれど、それを命じて逝った六原純は自分以外の誰も信用してはいなかった。
機密保持の為、何重にも鍵のかけられた地下の特別室には、リーベルとカヒリエのデスクしかない。四方は壁、ネットの電波もここまでは飛んでこない。観葉植物の鉢一つない殺風景なこの部屋はまるで牢獄のようだ。
雨蘭と蒼羅の体調管理が主任務のリーベルは、ここひと月の間に取った医療データをアップロードし、警護メインのカヒリエは報告書に『特になし』と書き込むと筋トレを始めた。
「見た感じ、何とも、ないよう…なっ…と」
片腕で腕立て伏せに精を出すカヒリエをよそに、リーベルは真剣な顔つきで以前のデータを睨んでいる。
「…確かに、生体データに異常はないわ。でも」
いつも歯切れよく喋るリーベルにしては、語尾が曖昧に濁る。何かあっても冷静に判断を下す彼女にしては珍しい姿に、カヒリエは筋トレを中断して立ち上がった。日焼けした頬に、安堵を誘う微笑みを浮かべる。
「お嬢が今月から幹部研修始まるから、奥様も不安になってるんじゃないんスか?」
「そういうもの…なのかも知れないわね」
光る画面の数値を指でなぞって、ため息をつくようにリーベルが呟く。モニターの光が影を作って、リーベルの無表情が不思議と沈鬱に見える。
「カヒリエ、お嬢様の警護をより一層気を付けてやって頂戴」
それだけ言うと、リーベルは端末の電源を落とす作業を始めた。
何をそんなに気にするのかと首を傾げたカヒリエだったが、いつもの通り「ウッス、了解ッス」とポーズを決めて返事をしておいた。
蒼羅の研修が始まった。本来なら蒼羅は夏休み、遊び回りたいのを我慢して沙那本社に朝から晩まで拘束されるのだ。蒼羅の立場の重要性を理解してはいるものの、これまで毎日付き添ってきたカヒリエは同情を禁じ得ない。
そしてもう一人。始めて沙那に出掛ける朝、玄関にいつまでも立ち尽くして蒼羅を見送っていた雨蘭にも、だ。
「幹部って色んなコト勉強しなくちゃなんスね」
「うん、頭パンクして死にそう…。母様は頭良かったから余裕だったんだろうなあ」
「お嬢だってその血が流れてんスから!今はまだ現実的じゃないからイマイチでも、理解できればぱぱっと捌けますって!」
「カヒリエの格闘術の座学と比べてない?」
「いや、自分の時の教官は雪代先輩で」
「あー…詰め込まなきゃだね」
「ッス」
「知識は後で活きますって…自分が言っても嘘臭いスけど」
「ううん、大丈夫、すごく分かるよ。研修頑張ってるとね、ママすごく誉めてくれるんだよ。ママの笑顔のために今日も耐えるぞー」
蒼羅の自宅から沙那本社はそう遠くない。仰々しい紗那からの送迎車を断った蒼羅は、毎日こうしてカヒリエと話しながら十分ほどを歩くのだ。
「今日は何やるんスか?」
「多分またビデオかな。昨日社史だったし、関連企業のとかのも見るんだって。資料室で一人鑑賞会だから帰りに連絡するね」
「ウッス、了解ッス!お嬢、頑張って下さい!」
エントランスを入ったところで、蒼羅は手を振りながら資料室の方向へ曲がっていった。
午前中はジムで軽いトレーニングを行う。蒼羅の呼び出しを待ちながら、一通りのメニューをこなしていると、短くベルの音がして人工音声が電話の着信を告げた。
「はい、カヒリエ——」
蒼羅にしては時間的に早い。発信者の名前を確かめてみると、蒼羅の自宅にいるはずのリーベルからだった。小さくて聞き取り辛いが、何かの規則的にきしむ音と布の擦れる音がする。相手がリーベルでは、間違い電話というのも考えられない。何か意図があって掛けているのだろうか?蒼羅自宅に賊が押し入って、リーベルと雨蘭が人質に、という線まで考えた。もしやと思ってボリュームを上げてみると、圧し殺した声が聞こえてきた。
「っん…んん…っ」
くぐもってはいるが、その声をカヒリエはよく知っている。切れ切れに続く声と音を、目を丸くしたままたっぷり十数秒聞いてから、初めて電話の向こうで何が行われているのか思い至った。
「せ、先輩ッ」
思わず叫んだ声に、ジムで汗を流している同僚たちが振り返る。最早、蒼羅の護衛のことはカヒリエの頭から吹き飛んでいた。ジムのドアに体当たりせんばかりの勢いで駆け出すと、周囲も省みず全速力で沙那社屋を後にした。
六原関係者を狙ったテロ、強盗、強姦。可能性の限りに考えながら、リーベルのマイクロチップが示す部屋へと入る。そこはこの家の女主人、雨蘭の部屋だった。
「あら早かったわね…——遅かった、と言ってあげるべきかしら?」
カヒリエが来るのを待ちかねていたように、全裸の雨蘭がベッドの上から優雅にほほ笑む。雨蘭の目の前に、腰だけ高々と持ち上げた姿勢で髪を振り乱しているのは、リーベルだ。
ディルドを装着した雨蘭の腰がリーベルに打ち付けられると、ぐじゅっとした水音と共に白い尻が揺れて、聞いたこともない嬌声がリーベルの口から上がる。
恐れていた事態ではなかった安堵と、意外な場面に遭遇した驚愕で思わず脚の力が抜け、カヒリエは床の上に膝から崩れ落ちた。
「奥様っ…あぁっ、おやめ、くださいっ」
「我慢しなくていいのよ、リーベル。さっきよりぬるぬるじゃない、カヒリエに見られるのが気持ちいいんでしょう?」
雨蘭が体位を変えて、リーベルの片膝を持ち上げる。カヒリエへ繋がっている部分を見せつけるように。
「ほら、カヒリエを意識させる度に、私のから搾り取るみたいにきゅうきゅう締め付けて」
ひどくゆっくりとバイブを抜いて浅い場所を軽く抉ると、溢れた大量の汁がシーツの上に新たな染みを作る。
「イきたいならカヒリエに向かって座って。そう、恥ずかしがらずに脚を広げなさい、リーベル」
雨蘭の命じるまま、リーベルが振り向いてベッドの上に座り直す。膝を立てたまま足を広げると、その白い臍の下に雨蘭と同様の挿具がセットされていた。先程まで弄ばれていた孔は真っ赤に充血して、愛液で光る肉襞を小刻みに蠢かせている。
リーベルの膝を肘置きのようにして、雨蘭がリーベルの膝の間にゆっくりと腰を下ろす。細い腰に不似合いなほど大きなそれが、苦もなく雨蘭の膣内に埋め込まれてゆく。
「は…あぁあ…奥様…っ」
「ん、ぅうん…ふふ、いつもより大きくして。もう汁まみれじゃない」
余裕の笑みで雨蘭が腰を揺らすと、背後のリーベルから悲鳴が上がる。それをしばらく楽しんでから、雨蘭は動けないままでいるカヒリエにも微笑みを向けた。
「カヒリエ、手伝って頂戴?リーベルの欲張りな雌孔をちょっと弄ってくれればいいの。乱暴にしてもいいのよ」
-つづく-
小説:ツヅラカヅサ
挿絵:S,夜紫蛇
ユリ母iN同人誌版3巻にて全収録/
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